日本飛行船/Nippon Airship Corporation

あなたの街に舞い降りる夢の船。(株)日本飛行船は、ツェッペリンNTの運用を通じて、夢とゆとりのある社会の創造を目指します。
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ツェッペリンNT/飛行船の歴史
最新鋭飛行船・ツェッペリンNTへ至る飛行船の歴史。それは、大空に憧れる人類の歴史です。

18世紀後半〜19世紀:飛行船創世記

モンゴルフィエのバルーン
1873年、フランスのモンゴルフィエ兄弟のバルーンの浮揚実験をはじめとして、フランスを中心にバルーンの実験が盛んになりました。これらの実験が、飛行船誕生のもととなりました。
19世紀に入ると、バルーンにエンジンをつけた軟式飛行船が登場。フランスのアンリ・ジファールが、全長145フィートのシガー状飛行船に3馬力の石炭ガス使用蒸気機関を搭載。直径3.5mの3枚羽根プロペラを駆動して距離27kmの平均時速6〜8kmで飛行し、航行可能な飛行船による人類初の飛行となりました。
わが国でも1877年、陸海軍および工部大学が、日本で初めて係留バルーン浮揚させ、日本人の搭乗はこれが最初で、200m上昇という快挙を成し遂げました。そのころ、ドイツではツェッペリン伯爵が何度もドイツ政府に硬式飛行船の建造計画を進言し、そしてまもなく20世紀を迎える1894年、硬式飛行船の設計が完了し、1900年7月にLZ-1号が初飛行。世紀の変わり目から、まさに飛行船の世紀を迎えたのでした。

1783年 6月 フランスのモンゴルフィエ兄弟が直径35フィートの紙製バルーンを製作。煙を吹き込み、浮揚に成功。

8月 フランスのJ・A・シャルル教授が水素ガス使用の絹製バルーンを製作、浮揚させた。

11月 フランスのピエール・ド・ロジェが、モンゴルフィエ兄弟の製作したバルーンで飛行。飛行時間26分、距離12km、高度900m。
1784年 -- ローベル兄弟がバロネットつきの飛行船を製作。櫂やパラソルの開閉によって人力飛行に成功。
1785年 1月 フランスのジャン・ピエール・ブランシャ−ルが、カレーからドーヴァーまでをフリー・バルーンで横断に成功。飛行時間3時間。
1803年 8月 ドイツでロバートソンら、世界最初のバルーンによる科学調査飛行を行う。飛行距離140km、高度約7400m。
1821年 -- イギリスのチャールズ・グリーンが、初めてバルーンに石炭ガスを使用。
1852年 9月 フランスのアンリ・ジファールが、全長145フィートのシガー状飛行船に3馬力の石炭ガス使用蒸気機関を搭載。直径3.5mの3枚羽根プロペラを駆動して距離27kmの平均時速6〜8kmで飛行。航行可能な飛行船による人類初の飛行。
1860年 -- フランスのE・ルノワが、実用的なガス・エンジンを発明。このエンジンは1872年に初めて飛行船に搭載された。
1870年 -- フランスのデュプイ・ド・ロームが人力飛行船を製作。
1872年 -- デュプイ・ド・ロームが、人力飛行船で無風時、時速9kmで飛行に成功。
ウィーンで、ルノワのエンジンを改良した内燃機関つきの飛行船が建造される。
1877年 5月 日本の陸海軍および工部大学が、日本で初めて係留バルーン浮揚。日本人の搭乗はこれが最初で、200m上昇。
1887年 -- ドイツのツェッペリン伯がドイツ政府に硬式飛行船の建造計画を進言。
1894年 -- ドイツのツェッペリン伯、硬式飛行船の設計完了。
アメリカのデクスター、カンサス間で、ヘリウムガスが発見される。
1898年 -- ブラジル人のサントス・デュモンがフランスで1号機を建造、飛行に成功(のち合計14隻を建造)。
1900年 7月 ドイツのツェッペリン伯爵が第1号硬式飛行船LZ1号の初飛行に成功。高度150mまで上昇。実用的硬式飛行船の始まりである。

10月 LZ1号、第2回目の飛行を行う。滞空80分。3回目の飛行では滞空23分。

20世紀前半:飛行船の時代

サントス・デュモンの飛行船1号機
1907年、ツェッペリン式LZ23号が21時間滞空に成功。そして次の年にツェッペリン式LZ24号が初飛行するなど、ドイツをはじめヨーロッパやアメリカ、日本でも飛行船の研究開発が盛んになり、相次いで新しい飛行船が世界の空を飛びました。第一次世界大戦を背景とした軍事利用を目的とした飛行船から、旅客飛行船まで、まさに飛行船の全盛時代が到来しました。また、1925年より、アメリカのグッドイヤー社は商業宣伝用飛行船を飛ばし始めています。そして、1929年、グラーフ・ツェッペリン号が世界一周の快挙を成し遂げました。1937年にヒンデンブルグ号の事故が起こるまで、ツェッペリンの旅客飛行船はドイツから北米・南米向け大西洋横断の定期航路を就航し、通算で3万7000人の乗客を運んでいます。それまでに、ドイツ国内の旅客輸送では2万4000人を運んでいます。したがって合計では6万1000人の乗客を運んだということになります。

1907年 -- ドイツで第1号半硬式船、Ma号完成。
ドイツのツェッペリン式LZ3号が21時間滞空に成功。
1908年 6月 ツェッペリン式LZ4号が初飛行。
ドイツの第2号半硬式船M1号が建造される。
オランダのカメリン・オンネスがヘリウムの液化に成功。
1909年 5月 ツェッペリン式LZ5号初飛行。

6月 イギリス人ハミルトンがアメリカ製メイヤー軟式飛行船で日本、上野上空を初公開飛行。

11月 ドイツのシュッテがランツ式木製硬式船第1号SL1号を完成。
ドイツで飛行船による世界初の航空輸送会社DELAGが設立される。

12月 ドイツがLZ3号、LZ5号の2隻で飛行船隊を編成。
1910年 6月 LZ7、ドイチュラント号が世界初の旅客飛行船として初飛行に成功。

9月 日本の山田式1号飛行船が初飛行に成功。
1911年 3月 ドイツ、LZ8号初飛行。DELAG社付属の客船として就航。

6月 LZ10号初飛行。”幸運の船”と呼ばれ、旅客飛行船としてDELAGに所属(シュバーベン号)

10月 山田式イ号飛行船が日本初の軍用飛行船として初飛行。33kmを1時間40分で飛ぶ。
アメリカのグットイヤー社が飛行船の研究に着手。
ドイツのJ・シュッテとK・ランツが共同で木骨飛行船SL1号を建造。飛行に成功。
イギリスで初めて外破にジュラルミンを張ったヴィッカース1号飛行船初飛行
1912年 10月 ドイツのLZ14号完成。ドイツ海軍の第1号船(L1号)
フランス、硬式船スピエス号建造。
アメリカ、グッドイヤー社が初めてバルーンを製作。
1916年 5月 日本の雄飛号が益田少佐の指揮で所沢ー大阪間の飛行に成功。

雄飛号(日本:1916年)

グラーフ・ツェッペリン号
(ドイツ:1928年)
1917年 -- アメリカ、軟式NAVY-B型を大量生産、当時の主力飛行船となった。イギリスにも多数輸出され、これが後の”ブリンプ”の語源ともなったといわれている。
1919年 8月 ドイツ、第1次世界大戦初の民間旅客船LZ120、ボーデンゼー号を建造。
LZ120号、フリードリッヒスハーフェンーベルリン間定期航空就航。
1921年 4月 日本、航空法を制定。
1922年 5月 日本、ヴィッカース社から購入のSS1号進空。

10月 日本海軍、SS型改良船SS3号を完成。
1923年 -- 日本、東京ー大阪間往復飛行に成功。
日本、アストラ・トーレ型を輸入。初飛行を7月10日に実施。

12月 日本、第一次世界大戦の賠償としてドイツより受領の大格納庫を霞ヶ浦に再建。
1924年 10月 ドイツで完成したLZ126号が大西洋を横断、アメリカへ。アメリカ海軍、ロサンゼルス号と命名。横断飛行時間80時間。
1925年 9月 アメリカ、世界初のヘリウム飛行船ピルグリム号を完成。
アメリカのグッドイヤー社、小型飛行船隊を編成。
1926年 5月 イタリアのノビレ将軍、探険家アムンゼンらとともに半硬式船ノルゲ号で北極探険に出発。成功。
1927年 4月 日本、イタリアから購入した半硬式船N3号が就航。
1928年 9月 ドイツ、LZ127、グラーフ・ツェッペリン号初飛行。
アメリカ、軟式客船ピュリタン号を建造。
1929年 8月 ドイツのLZ127、グラーフ・ツェッペリン号が、初の世界一周に出発。
LZ127号が日本訪問。土浦に寄航(8月19日)
LZ127号ドイツに帰着(8月29日)
1931年 7月 ドイツのLZ127号第二回北極飛行実施。

8月 アメリカ海軍に大型硬式海軍船ZRS4、アクロン号就任。
1936年 3月 ドイツのLZ129、ヒンデンブルク号初飛行。

10月 ヒンデンブルク号南米に定期就航。
1937年 5月 ヒンデンブルク号、アメリカ、レイクハーストで塗料の出火により炎上。

8月 ドイツのLZ130、グラーフ・ツェッペリン2世号初飛行。

20世紀後半:飛行船の広告利用、そして21世紀へ

ツェッペリンNT(ドイツ)
第二次世界大戦後、飛行船開発の中心はアメリカに移りました。1950〜60年代は、グッドイヤー社を中心とするアメリカの飛行船の時代となりましたが、1968年には日本で初の民間飛行船「日立キドカラー号」が飛び、その次の年にはドイツのWDL社が飛行船事業に着手。以降、飛行船は広告宣伝用としてヨーロッパを中心に活躍。そしてツェッペリン社も復活、新しい飛行船、ツェッペリンNTを開発・建造し、遊覧飛行が大人気となっています。
そして21世紀を迎え、グッドイヤー社の飛行船やWDL社の飛行船が再び日本の空に帰ってきました。21世紀が新たなる飛行船の時代となるのは確実といえるでしょう。

1954年 5月 アメリカ海軍ZPG2型が滞空200時間4分記録樹立。
1957年 -- アメリカ海軍、ZPG2型船で滞空264時間14分を記録。
1958年 7月 アメリカ海軍ZPG3W型1号船初飛行。史上最大の軟式船。
1959年 -- アメリカのグッドイヤー社が戦後初の民間飛行船N4A、メイフラワー号就航。
1963年 9月 アメリカのグッドイヤー社の2号船N3A、コロンビア号就航。
1964年 -- アメリカのグッドイヤー社が新型イルミネーション”スカイタキュラー”の開発開始。
1966年 8月 アメリカ、グッドイヤー社のメイフラワー号、スカイタキュラーを装備。ニューヨークでデモフライト。
1968年 8月 西ドイツの飛行船会社がレモ2世を改造、運航開始。
アメリカ、グッドイヤー社がヒューストンで第3号船アメリカ号を完成。
西ドイツ、WDL社が飛行船事業着手。

9月 日本で初の民間飛行船JA1001号(キドカラー号)が岐阜県各務原にてテストフライトに成功。
1972年 8月 西ドイツのWDL社第1号船が完成。
1973年 -- 日本でJA1002、WDL社製、岡本大郎デザインのレインボー号飛行。
1979年 -- 日本、WDL社製ユニセフ号、国際児童年のキャンペーンとして全国フライト。
1984年 -- 日本でJA1003、スカイシップ500、コダック号、宣伝飛行および東京サミット警備飛行に活躍。(〜88年)
1986年 -- 日本、WDL社製、フジカラー宣伝飛行。西ドイツからのチャーター。(〜87年)
1987年 -- 日本、スカイシップ600、コニカ号宣伝飛行。ナイト・サイン搭載。(〜88年)
1988年 -- JA1004、スカイシップ600、花博号、コダック号として日本飛行船事業でフライト。(〜96年)
JA1005、WDL社製アサヒスーパードライ号。(〜89年)
1989年 -- JA1006、スカイシップ600、はるかぜ号、警視庁の広報・警備飛行。(〜96年)
JA1007、WDL社製、アサヒスーパードライ号、M.O.エアシップで就航。ついでJA1008、2号機として関西地区で宣伝飛行。
1992年 -- A-60ライトシップ、ゼナ号、日本飛行船事業でフライト。(〜93年)
1993年 -- ドイツで、ツェッペリン飛行船技術会社設立。新ツェッペリン号の開発開始。
1999年 -- ドイツ、カーゴリフター社、大型貨物飛行船の開発開始。
2000年 7月 ドイツでツェッペリンNT初飛行。2001年夏より遊覧飛行開始。
2003年 4月 日本でWDL社製「ニッセンチョッピー号」とライトシップA-60プラス「グッドイヤー社/スピリット・オブ・ジャパン号」が国内運航開始。
2004年 12月 ドイツよりツェッペリンNT来日。

(出典・監修:天沼春樹)



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